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公演への想い

花崎 攝 (DAYA演出)

2020年11月22日

 パサレラのランウェイは、日常と非日常を、過去と未来を、私とあなたをつなぐ通路であり、迷宮でもあり、広場であり、滑走路であり・・・変幻自在な「美的な空間」です。この場合の「美的な空間」は、日常生活とは時空の違う表現の場という意味です。そこでは、個人的な経験や思いがひらかれて、ぼんやりしていたことがはっきりしたり、どう表したらいいかわからなかったことに形が与えられたり、思いがけない新しい意味が生まれたりします。リアルだったり、シュールだったり、シンボリックだったり・・・、それらを誰かに、届けようとする通路がパサレラだと私は思っています。

 私は幸運にも、演劇あるいはパフォーマンスにかかわりつづけることで生き延びてきたと思います。嫌なこともいろいろあったけれど、演劇を始めてしばらくして民衆演劇に出会い、消費財としての演劇や芸術を志向するだけでない演劇に出合いました。人間が生きることにかかわるので、政治的でもあるし、運動的でもあるし、ときにはセラピー的でもあり、教育的でもあるし、芸術的でもある。雲を食べては生きていけないので、ときに経済活動でもある。経済活動にはなりにくいですけどね・・・。

 「当事者」という言葉は、難しい言葉だなと思います。その言葉が発せられると、私は真の当事者だろうか?とか私なんて当事者とは言えないのではないかと思ってしまったり、いつの間にかそんなつもりじゃないはずなのに、誰かと比較しようとしてしまう。私は、パサレラの照らし出す状況や関係性、傷や痛み、回復や再生と無縁の人がこの世にいるのだろうかと思うのです(だからといって、だれでも当事者と均してしまうのとは違います)。もちろん、無縁だと思い込んで、あるいは気づくことなく人生を終える人もいるでしょう。でも、パサレラは、そういう人にも、「え、もしかしてこれって私のこと?」と感じてもらえたら、と願っています。